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介護者の苦悩


グループホーム職員のメンタルヘルス研修を開催しました。
ニュースでよくとりあげられていますが現場の職員の過重労働は
残業時間100時間を越えており正職員とパートの差はあるものの
いずれにしても半端ではありません。

経営者との事前面談では「人手が足りず採用したいが残業が多く
辞めていく人たちが多いことと加えて人件費を抑えなければ経営が成り立たないこと」
このような環境で「うつ病」になってしまう職員が増え
休職者が発生している状況を報告されました。
必要な環境を今すぐに改善することはできないが「うつ病」に対する知識と予防を優先して
考えていくことで合意し研修に向け準備をしました。

研修当日、玄関を入ると一人掛けの椅子におばあさんが腰かけており、
不思議そうな顔でこちらをじーっと見ています。
「こんにちは」と声をかけると「こんにちは」と頭をペコリと下げます。
後の表情はなく職員の方に「お客さんだよ」と言われ頷いていました。
食堂のあたりからは意味不明で理解ができませんが
大声で何か訴えているようにしゃべっているおばあさんの声が聞こえてきます。

このグループホームは認知症の老人18名を9名の職員でお世話をしてます。
私は実際には認知症の方に直接触れ合った経験がなく戸惑いがありました。
研修中に聞く職員の生の声は凄まじいものでした。
ホームの方針は利用者の方を拘束をせず家族意識を持ち一緒に料理、洗濯をして少しでもできることをしながら生活をしていく場として提供していくということでした。
ホームとしての理念も職員のミッションも明確になっています。
しかし時として頭で分かっていても現実は待ったなしです。

・職員の方が食事介護をすると、いきなり腕を噛みつかれ挙句顔を殴られた。
・夜中に徘徊が始まり冷蔵庫の中のものを全部食べられた。
・せっけんを食べ物と間違え食べてしまった。
・ガスレンジの火をつけ自分の手をかざし火傷をした。
・夜おばあさんのベッドにおじいさんが入り込み大騒ぎになった。
・入浴介護の時、急に暴れ出し湯舟に落ち、職員が骨折した。利用者は無傷でよかった。

数え上げたらキリがないんです。と付け加える言葉にため息が洩れてきました。
皆さんの腕や足に打ち身や生傷があり、
現場は戦場のような雰囲気があることが強い臨場感とともに伝わってきました。
職員の方たちの悩みはこのような現場にいて
利用者に対して一瞬にして湧き上がってくる感情に対してでした。
悩みや憎しみを持ってしまい、それが罪悪感となり自分を責めてしまうことが多く
自分はこの仕事に向いてないのではないかと思ってしまうことだと告白しました。

「介護者は常に利用者の立場に立ち愛を持って接すること」
そしてホームの理念とミッションに縛られ板ばさみの状況です。

理想と現実、そのはざまで揺れ動き、今日か明日にでも辞めたいと考え
気分は落ち込んでいく状況が手にとるように分かりました。

カウンセリングにいらっしゃる方の多くの性格は真面目で責任感が強く誠実で
約束ごとをきちんと守るのです。
介護職に就かれている方は特にこのような性格の方は多く目立ちます。
寛容度が高く、受容的でグチを言わない。
本当に適職なのです。
心から介護の仕事が好きなのです。
好きだからこそ自分の性格にあった理念を守り変化させることが出来ずに苦しみ
最終的には適職を捨ててしまうのです。

噛み付かれてしまったとき、「いたっ!なんだよー!」って怒鳴ったりしたくなりませんか?
という私の質問に職員の方は躊躇しながら周りの仲間の様子をうかがいました。

一人の職員の方が「ある、ある、大声で言いたいことたくさん」 と言うと皆さんが頷きました。
胸をなでおろしたように、「みんな同じ気持ちあるの?」 とお互いに確認していました。
「そんなこと絶対思ってはいけないと思った。」と言う職員の方のストレスは相当高く、
やはり最近辞めたいと考えていました。

人間があるがままでいられることは善悪の倫理や、正論ばかりではなく自然に生まれてくる感情を包み隠さず自分で認めることです。

「私はこんな感情を持ってしまった!」ではなく
「私にはこんな感情もあるんだ!突然噛まれたらいたいもの。
『なんだよー!』って思ってもいいじゃない」

これです。

この場合は言葉に出して言うのではなく沸いてきた感情を先に認めるのです。
言葉に出すときはグチとして友人に話せばよいのです。

「あのね、今日ね、おばあちゃんがいきなり・・・だからむかついたの。」 です。

これで抑えていた感情を早く消化してしまえば明日また新たなおばあちゃんに出会えるのですよ。

このような話が続いた後、私たちは利用者のお年寄りから色々なことを
学ばさせてもらっているんです。
お料理が得意なおばあちゃんは昔の記憶がよみがえるのか、
「それは違う。この方が便利だ」と手取り教えてくれますよ。
男性の職員の方は自分のことを息子だと思っているのか、
色々世話を焼いてもらって立場が逆転ですよ。
皆さんが胸につかえたことを吐き出した後、表情はとても柔和な介護者でした。 どの利用者さんにも生きる権利があり、介護者も救われることがあること。
そしてそこで働く介護者にも生きていく権利があり、感情もあること。

お互いに共存しながら生活をしている。
共存していくことの大切さを身に染みて感じた研修でした。

研修終了時、玄関にいらしたおばあさんが、私を待っていらした様子で
「気をつけて帰るんだよ。じゃあね」 と声をかけてくださり、
なんだか遠い昔に亡くなった私の母の声のような錯覚をしました。
懐かしく、子どもに返って甘えたくなりました。
こんな気持ちも介護の方たちは感じているのでしょう。

見送ってくださった職員の方に「私のこと覚えていたのですか」と聞くと、
「いえ、忘れているんですけどね」という答えに一抹の寂しさを感じましたが、
私が認知症で受け入れてくれるなら、このホームに入りたいと強く思いました。

(『共済と保険』2007年より)



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